惨な死の色をしたこの沼地のうえには、まばらな細茅《サベジニヨス》のなかから大蕨《フェート・ジガンデ》が、ぬっくと奇妙な拳《こぶし》をあげくらい空を撫でている。生物は、わずか数種の爬虫《はちゅう》類がいるだけで、まったく、水掻きをつけ藻をかぶって現われる、水棲人《インコラ・パルストリス》の棲所《すみか》というに適わしいのである。すると、ここへ来て五日目の夜。
 陰気な、沼蛙《ぬまがえる》の声がするだけの寂漠たる天地。天幕《テント》のそばの焚火《たきび》をはさんで、カムポスと折竹が火酒《カンニャ》をあおっている。生の細茅《サベジニヨス》にやっと火が廻ったころ、折竹がいいだした。
 「君は、ロイスさんにどんな気持でいるんだね」
 「………………」
 「そういう気配は、君がはじめてロイスさんをみた、その時から分っていたよ。惚れもしなけりゃ五十万ミルを棒に振ってまで、君がわざと負ける道理はないだろう」
 「俺はまた、大将という人はサムライだろうと思ってたがね」とカムポスがじつに意外というような顔。
 「俺は、すべてをロイスさんにうち明けにゃならん義務を背負っている。義務であるものに金を取り込むなんて、俺にゃどうしても出来ん。カムポスはつねに草原《パンパス》の風のごとあれ、心に重荷なければ放浪も楽し――と、俺は常日ごろじぶんにいい聴かしてるんだ」
 「詫《あや》まる」と折竹はサッパリと言って、
 「だが、惚れたなら惚れたで、別のことじゃないか。君が、生涯に一人だけ逢うというその女性が、ロイスさんのように、俺にゃ思えるよ」
 「くどいね、大将は」カムポスも、辟易《へきえき》してしまって、
 「いかにも俺は、あの人が好きだよ。好きで好きで、たまらんというような人だ。これだけ言ったら、大将も気が済んだろう」と、なにかを紛《まぎ》らすように笑うのである。
 しかし、事実水棲人とはまったくいるものか? また、カムポスが逢った三上の姿は亡霊か、それとも生態が変って、沼土の底でも生きられるようになったのかと、いつも四六時中往来する疑問は、その二つよりほかになかった。カムポスが、「ロイスさんの執念にもまったく恐れ入ったよ。よくまあ、五日間ぶっ続けに水面ばかり見ていられるもんだ」
 「そりゃ、君がみた三上は幽霊じゃないだろう」
 と、はじめて折竹がその問題に触れたのだ。
 「といってだよ、たとえ
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