ょからの化物だ。すると、そこへカムポスがううんと嘆声を発して、
「では、ロイスさん、こっちの話をしますからね。私が、なぜあなたに対して勝とうとはしなかったか、勝てば、勝てたのをなぜ負けたかというと……、ロイス・ウェンライトという夢にも出る名の婦人が、貴女だと始めて知ったからです。
水棲人が、私に投げてよこした葉っぱの化石みたいなものには、じつをいうと一面の文字が書かれてあった。しかし、それを私が掻《か》き寄せたために、その文字がほとんど擦《す》れてしまった。ただ、残ったのがあなたの名の、ロイス・ウェンライトというだけ……」
「ああ、そんなことを聴くと、泣きたくなりますわ。三上は、きっとダイヤを報酬にするからこれを私に届けてくれと、あなたにお願いしたのでは……?」
奇縁とは、じつにこうした事をいうのだろう。三上が、生きてか、それとも死んでの亡霊かはしらぬが、とにかく、愛するロイスへ通信を頼んだ。それが、この話のなかのたった一つの現実。他は、すべて怪体《けったい》にも分らなすぎることばかりだが、ロイスの身になってみれば……。
事実、ロイスの熱情はこれなりではすまなかった。よしんば空しかろうとも「蕨の切り株」へ往ってと、熱心に一日中折竹を説いて、ついにグラン・チャコ行きを承知させてしまったのである。そうして、カムポスを加えた三人の者が、「蕨の切り株《トッコ・ダ・フェート》[#ルビは「蕨の切り株」にかかる]」へとリオ・デ・ジャネイロを発《た》っていった。
永世変りゆく大迷路
ジメネス教授が、「蕨の切り株」をとり巻く湿地を調査して、まるで海図みたいに足掛りの個所《かしょ》を記入した地図がある。それが、米国地理学協会にあったのが大変な助けとなって、ともかく難行ながら「蕨の切り株《トッコ・ダ・フェート》[#ルビは「蕨の切り株」にかかる]」にでたのである。それまでは、プォルモサの密林ではアメリカ豹《ジャガール》[#ルビは「アメリカ豹」にかかる]の難、草原《パンパス》へでればチャコ狼《アガラガス》[#ルビは「チャコ狼」にかかる]の大群。グァラニー印度人《インディアン》百名の人夫とともに、一行はいい加減へとへとになっていた。しかし、はじめて見る「蕨の切り株」の景観は……。
ただ渺茫《びょうぼう》涯《はて》しもない、一枚の泥地。藻や水草を覆うている一寸ほどの水。陰
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