人を救うと、三上は単身パタゴニアに赴《おもむ》いたのだ。
 そこは、氷雪の沙漠、不毛の原野、陰惨な空をかける狂暴な西風、土人は、食に乏しく結核となって斃《たお》れてゆく。これでは、百の薬を投じようと到底救い得ぬ、結局保護区をもうけ氷の沙漠《さばく》から移さねば……と。
 三上の日本人の熱血と人道愛とが、ここに合衆国全土に呼びかける大運動になろうとした。その矢先、彼の姿がふいに、消えてしまったのだ。それ以来、一年にもなるが依然三上の行方は、杳《よう》として謎のように分らない、という、ロイスの話を一通り聴きおわると、折竹がやさしく上目使いをして、
 「お嬢さんは、では三上君をお愛しになってる……」
 「はあ、二人ともおなじ大学でしたし……」
 とロイスも燃えるような目になってくる。
 「そんな訳で、三上はアルゼンチン政府にたいへん憎まれておりました。それで、たぶんアルゼンチンのどこかに秘密囚となっているのだろう――と、私はそう考えて南米へまいりまして、これでも、手を尽してどんなに探しましたでしょう」
 額を支えた手で、卓子がかすかに揺れている。愛するものの不幸を訴えるように、ロイスはなおも続けた。
 「でも、結局は断念《あきら》めねばなりませんでした。随分、金を惜しまずあらゆる手段を尽しましたが、三上の行方はどうしても分らないのです。私は、半分|自棄《やけ》でリオへ来て、話に聴いたナイトクラブとはどんなところだろうと、なんだか覗《のぞ》くような気持で『恋鳩』へゆきました」
 「では、どうして、カムポスと一勝負という気になりましたね。貴女《あなた》に、五十万ミルぐらいの金は何でもないでしょうが」
 「それは」とロイスの顔がきゅうに火照《ほて》ってきて、「カムポスさんが、ご覧になった水棲人の話。あれを聴いて、私がなんでそのままに出来るでしょう。水棲人の胸にあった拳形《こぶしがた》の痣《あざ》と、ちょうど同じものが三上にもあるのです」とこみあげてくる激情の嵐に、ロイスはもう、吹きくだかれたよう。
 「ですから、カムポスさんは三上をみたんでしょう。あの水棲人とは、三上ですわ」
 とたんに、室内がしいんとなった。三上が、魔境「蕨の切り株」にいて、水棲人とは?![#「?!」は一文字、第3水準1−8−77、228−9] 沼土の底にいて、なおかつ生きられるとすれば、三上という男はさいし
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