黷ゥと、時々四人はぐるりの壁に見恍《みほ》れるのである。そのうち、ケルミッシュがアッと叫んだ。みると、氷のむこうにまっ黒な影がみえる。
「大懶獣《メガテリウム》」と呼吸《いき》を愕《ぎょ》っと引いて、ダネックが唸るように言った。「あれも、第三紀ごろの前世界動物だ。高さが、成獣なれば二十フィートはあるんだがね」
 それは、やや距離があってか、そう巨《おお》きくは見えない。しかしこれで、「天母生上の雲湖」の秘密の一部を明かにした。
 やがて往くと、一本その長毛が氷隙から垂れている。ダネックは、それを大切そうに蔵《しま》いこんだ。すると、四人の間に期待とも、不安ともつかぬ異様なものがはじまった。どうもそれが、氷河に埋ったようにはみえない。なんだか、大懶獣《メガテリウム》のいるあたりが空洞のように思われて、いまにも、氷壁をくだいた手が躍りかかりそうな気がする。そこへ、ダネックが息窒《いきづま》ったような叫びをした。
「どうした」
 みると、頸筋《くびすじ》を撫でた手がべっとり血を垂らしている。そこで、恐怖は絶頂に達したが、別に、氷をやぶって突きでた爪のようなものもない。それに、ダネックの頸には
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