ha−mo−Sambha−cho 《ハーモ・サムバ・チョウ》について簡単な説明をしておこうと思う。
 支那青海省の南部チベット境を縫い、二万五千フィート以上の高峰をつらねる巴顔喀喇《パイアンカラ》山脈中に、チベット人が、「天母生上の雲湖《ハーモ・サムバ・チョウ》[#ルビは「天母生上の雲湖」にかかる]」とよぶ現世の楽土、そこにユートピアありと信じている未踏の大群峰がある。またそこを、鹹湖《かんこ》「青海《ココ・ノール》」あたりの蒙古人は Kuso−Bhakator−Nor 《クーゾ・バカトル・ノール》――すなわち、「英雄のゆく墓海」と称している。
 成吉思汗《ジンギスカン》が、甘粛《かんしゅく》省のトルメカイで死んだというのみで、その後彼の墓がいずこか分らないのも、おそらく此処《ここ》へ運ばれたのではないかといっている。そうしてそこは、揚子江、黄河、メーコン三大河の水源をなし、氷河と烈風と峻険《しゅんけん》と雪崩《なだれ》とが、まだ天地|開闢《かいびゃく》そのままの氷の処女をまもっている。では、ここはたんなるヒマラヤのような大峻嶺かというに、ここほど、さぐればさぐるほど深まる謎をもつとこ
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