ろはない。まず私たちは名称について考えよう。
山でありながら、蒙古称もチベット称も山といっていない。一つは雲湖、一つは墓海――。してみると、その連嶺の奥に湖水でもあるのかというに、そこはまだ、飛行機時代の今日でありながら俯観したものがないのだ。エヴェレストでさえ、フェロース大尉らによって空中征服がなし遂げられている。ところが、ここではそれも出来ないというのは、主峰をつつむ常住不変の大雲塊があるからだ。うごかぬ雲、おそらく天地開闢以来おなじままだろう雲――。およそ雲といえば流動を思う読者諸君は、ここでまず最初の謎を知ったわけだ。
なるほど、モンスーンの影響をうける季節のこの連嶺の密雲はすさまじい。しかし、その季節以外は時偶《ときたま》霽《は》れて、 Rim−bo−ch'e 《リム・ボー・チェ》(紅蓮峰)ほか外輪四山の山巓《さんてん》だけが、ちらっと見えることがある。しかし主峰は、いつも四万フィートにもおよぶ大積乱雲に覆われている。だいたいこれは、気象学の法則にないことで、二万五千フィートの上空には巻層雲しかない。それが、時には雷を鳴らし電光を発し、大氷嶺上で時ならぬ噴火のさまを呈する
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