ゥ、慌《あわ》てたように亢奮をおさめた。
「それから、『メンヤンの草漉紙《パピルス》』のほうは孔雀王経です。やはりあれは、天母人の大文化を唱ったものです。それには、一、二か所ちがったところがありまして、あに竜の森へゆくを得んや――というところがある。その竜という字が棘蛇《アディ・ナゴ》とかわっているのです」
「棘蛇《アディ・ナゴ》」とダネックがちょっと目を剥《む》いた。
「棘蛇、あの第三紀ごろにいた游蛇類ですか」
「そうです、少くともそう思われますね」と熱したダネックの目を冷ややかにみて言った。
「それで略《ほぼ》、前世紀犀《バルチテリウム》が十万年もあとの、洪積層から出た理由も分ります。要するにそこは、人獣ともに害さぬ仏典どおりの世界でしょう。それこそ、つらい現実からのがれる倔強《くっきょう》な場所です。私は……そうして理想郷を見つけました」
「では、無躾《ぶしつけ》なようですが連れのご婦人は?」と折竹がたまらなくなったように訊いた。しかし、それは、ケルミッシュが続けて言おうとするものだった。
「ケティ……そうです。あれは、じつに珍しい完全な蒙古型癡呆《モンゴロイド》です。蒙古型癡呆
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