キが、私は、それに執心《しゅうしん》五年、やっと読み解くことができたのです。
宣賓《シュウチョウ》のには、紅玉《ルビー》光をはなつ峰のさまが書かれてある。それが先日、私がたしかめた紅蓮峰《リム・ボー・チェ》の山巓でした。あの二つの草漉紙は、それぞれ『天母生上の雲湖《ハーモ・サムバ・チョウ》[#ルビは「天母生上の雲湖」にかかる]』の九十九江源地《ナブナテイヨ・ラハード》から流れてきたのです。私は、あの大氷嶺のなかの天母人の文化、魔境の、天険のなかにも桃源境があると思うと、思わず、われ行かんユートピアへと叫んだのです。
いま、国をうしなったチェコ人の願いは、どこか地図にない国があれば、そこへ往きたい。そして、亡国よという声を聴かずにいたいというのです。折竹さん、これは国運日々にすすむ東亜の盟主、日本のあなたはとうてい分りますまい。いや、あなたは亡国者の無気力の夢と嗤《わら》うでしょう」
見ると、ケルミッシュの双頬が二筋三筋濡れている。折竹は、しみじみ神国にいるじぶんの幸福を感じたが、案外、おなじチェコ人でもアメリカ育ちの、ダネックは感じないようにみえた。ケルミッシュは、涙に気づいたの
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