フか。辛酸五年の労苦が水泡《すいほう》に帰したところへ、あらたな力を抱《いだ》いて魔境へゆくケルミッシュをみる、ダネックの胸のなかの切なさ。ところへ、二、三日経って二度目の会見が行われた。
「きょうは、全部のことを包まずお話しようと思うのです」
相変らず、ケルミッシュを鬱々《うつうつ》としたものが覆っている。二人は前回の影響もあり、白昼幽霊をみる思い。
「私が、なぜヨーロッパに居りながら、あの魔境のなかを知っているか。それにはじつをいうと次のような話があるのです。あなた方は、『宣賓《シュウチョウ》の草漉紙《パピルス》』『メンヤンの草漉紙』という名の漂着物をご存知ですか。一つは揚子江の流れをくだり四川省の宣賓《シュウチョウ》、一つはメーコン河をくだって仏領インドシナのメンヤンへ、それぞれ流れついたものがあったのです。
それは、古来から何処にもないような草漉紙《パピルス》でした。そしてそれに、チベット文字のようなジャワ文字のような、とにかく、その系統にはちがいないが判読できぬという、じつに異様な文字が連っていました。たいていの学者は、それをなにかの悪戯《いたずら》のように考えたらしいで
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