なたが、五か年の辛苦のすえやっと究《きわ》めたもの以上を、私は、ヨーロッパにおりながら不思議にも存じているのです。ねえ、まだ短文以外の探検記の発表はありませんね。隊員中、途中で帰国した方も一人もないと思いますが」
「ふうむ」ダネックは愚弄《ぐろう》されたように唸《うな》った。五年間、人力がつくせる最高のエネルギーを発揮して、氷河と、大烈風とひっ組んだじぶんのあの労苦を、いま舌三寸で事もなげにいうこのペテン師と、彼は怒気あふれた目で、ぐいと相手をにらみ据《す》えた。
「君が、そんな魔法使いなら羽くらいはあるだろう。どうだ、僕を『天母生上の雲湖《ハーモ・サムバ・チョウ》[#ルビは「天母生上の雲湖」にかかる]』まで、乗せて飛んでいってくれ」
「いやいや、ただ私という男がけっして無価値なものでない――それを、ともかくお知らせしとこうと思うのです。ところで、あの外輪四山のうちの紅蓮峰《リム・ボー・チェ》の嶺ですね。あれは、東南からのぞめば角笛形をしているが、ちょっと、西へまわると隠れていた稜角《りょうかく》がでて、その形が円錐になりますね」
これには、さすがのダネックもあっと驚いた。まだ、あ
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