フ日はぐったりしていた。彼は、アメリカに籍はあるがチェコ人。精悍《せいかん》、不屈の闘志は面がまえにも溢れている。三十代に、加奈陀《キャナディアン》ロッキーの未踏氷河 Athabaska 《アタバスカ》をきわめて以来、十年、彼は恒雪線《スノウ・ライン》とたたかっている。雪焼けはとうに、もう地色になっていて、彼は自他ともゆるす世界的|氷河研究家《グレーシャリスト》だ。
「弔い合戦」と、のぞき込むような目でダネックが言った。それは、彼自身にとっても身を焼くような執着である。
「君も、今度は木戸のために闘うところだったね。『天母生上の雲湖』に復讐するところだったね」
「そうだ。ところで、君に言おうかどうかと迷っていたんだが……」と、とつぜん折竹が改まったように、切りだした。
「さっき、白夷《シヤン》人の召使が聴き噛《かじ》ってきたんだがね。ここへ何でも、『天母生上の雲湖』ゆきの新隊がのり込んできたというのだ」
「なに、われわれ以外の探検家とはどこの国のだ?![#「?!」は横一列]」
 みるみる、ダネックの目がすわり、額が筋ばってくる。これが、彼のいちばん不可《いけ》ないところだった。じぶんを
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