ている。つまり、外国製地図の誤謬《ごびゅう》をただし、一度も日本人の手で実測が行われていない、この地方の地図を完璧なものにしようとするのだ。
 しかしそれは、忍苦と自己犠牲の精神に富んだ日本人中の日本人、彼折竹を俟《ま》ってはじめてなし得ることだ。彼でなければ、誰が事変中の支那奥地へのこのこと乗りこめるだろう。あの海外学会への名声がなければ、誰が外国旗のもとに万全の保護をしてくれるだろう。いま私は、その百万に一人ともいう珍しい男をみている。顔は嶽風と雪焼けで真っ黒に荒れ、頬は多年の苦労にげっそりと削《こ》けている。私はなんだか鼻の奥がつうんと痛くなるような気持で、しばらくじぶんの用件をもち出すのも忘れていたほどだ。そこへ、折竹が察したような態度で、
「君は、 Lha−mo−Sambha−cho 《ハーモ・サムバ・チョウ》を知っているかね」と訊いた。
「 Lha−mo 《ハーモ》……?![#「?!」は横一列]」私が、しばらく目を見はったのみでなにも言えなかったほど、それほど、のっけから唖然となるような名前だ。彼が……では、 Lha−mo−Sambha−cho 《ハーモ・サムバ・チョウ》へ
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