オい。そして食物もとらず餓えながら、静かに死の道にむかってゆくのだ。マヌエラ、ここで私は冥路《よみじ》の友を得たのだ。
 Soko《ソコ》――と、やがてそのゴリラをそっと呼んでみた。この“Soko《ソコ》”というのはコンゴの土語で、むしろ彼らにたいする愛称だ。それから、Wakhe《ワケ》,Wakhe《ワケ》――と、檻《おり》のゴリラへする呼声をいっても、その老獣はふり向きもしなかった。
 ただ遠くで、家族らしい悲しげな咆哮が聴えると――ほとんどそれが、四昼夜もひっきりなく続いたのだが――そのときは惹《ひ》かれたようにちょっと耳をたて、しかもそれも、ただ所作だけでなんの表情にもならない。そうして、私とゴリラと二人の生活が、十数日間にわたって無言のまま続いた。私は、同棲者になんの関心も示さない、こんな素っ気ない男をいまだにみたことはない。
 さて、もう鉛筆もほとんど尽きようとしている。あとは、簡略にして終りまで書こうと思う。
 それから、私は精神医としていかにゴリラを観察したか、特にアッコルティ先生に伝えて欲しいと思う。それからも、毎日ゴリラはその場所を動かず、ただ懶《だる》そうに私をみる
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