セけだった。衰弱のために、もう動くのさえどうにもならぬらしい。私が脈を見てもぼんやりと委せているだけだ。しかし、これは森の墓場へきたという本能だけではなく、先天的にゴリラというやつは体質性の憂鬱症《メランコリア》なのである。つまり、「沈鬱になり易い異常的傾向《アブノルメ・テンデンツ・デプレショネン》[#ルビは「沈鬱になり易い異常的傾向」にかかる]」がある。ああ、また鉛筆の芯《しん》が折れた。もう私は、これを書いてはいられない。
 ここで早く、あなたへの愛とカークへの友情と、やがて私が死ぬだろうということを書かねばならない。私は、ながらく肉食ばかりしたため壊血病にかかった。いまは、歯齦《はぐき》の出血が、日増しにひどくなってゆく。そうだ! 病の因となった青果類はむろんのこと、この悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]には一点の緑すらもないのだ。昆虫霧で、日中さえ薄暮のように暗い。その下は、ただ鹹沢《しおざわ》の結晶が瘡《かさ》のようにみえるだけで、旧根樹《ニティルダ・アンティクス》の枯根がぼうぼうと覆うている。
 その根をゴリラのように伝わることが出来ればいいが、
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