ヌの身の丈で、お父さんより肥っていて、片手を頭にのせてずしりずしりと歩いてくる。時には、両肢《りょうあし》をかがめその長い手で、地上を掃《は》きながら疾風のようにはしる――ゴリラだ。私は、それと分るとぞっと寒気がし、顎《あご》ががくがくとなり、膝がくずれそうになった。私は懸命に洞の中へ飛びこみ、最前の穴らしい窪みをみつけて隠れた。が、その洞穴《ほらあな》は、浅くゆき詰っている。なお悪いことに、そのゴリラが穴のまえで蹲《うずくま》ったのだ。やがて、夜が明けたとき、視線が打衝《ぶつか》った。私は、あの傀偉《かいい》な手の一撃でつぶされただろうか。
マヌエラ、私は暫《しばら》くしてから嗤《わら》いはじめたのだよ。じぶんながら、なんという迂闊《うかつ》ものだろうと思った。なんのために、そのゴリラが森の墓場へきたか忘れていたのだ。ゴリラはさいしょ、私をみたとき低く唸ったが、ただ見るだけで、なんの手だしもしない。
七尺あまり、頭はほとんど白髪でよほどの齢らしい。つまり、老衰で森の墓場へきたのだと、私はやっとそう思った。野獣がここへくるときは闘争心は失せ、なにより彼らを狂暴にする恐怖心を感じぬら
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