tに角で突いて殺してしまったのである。どうせ、駄目なものは苦しませぬようにと、野獣にも友愛の殺戮《さつりく》がある。医師にも、陰微な愛として安死術がある。
焚火のむこうで鬣狗《ハイエナ》が嗤《わら》うようにうずくまっている。とたんに、怪しい幽霊がじぶんをみているような気がした。やがて、夢も幻もないまっ暗な眠りがはじまったとき、座間は胸にかたい決意を秘めたのであった。
翌朝、もう数時間後にはここを去ろうというとき、マヌエラは絶壁の縁にたっていた。悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]の大景観を紙にとどめようとして、彼女がしきりとスケッチをとっている。そこへ、座間が背後からしのび寄ってきた。陽炎《かげろう》が、まるで焔《ほのお》のようにマヌエラを包んでいる。頭が熱し、瞼《まぶた》が焼けて、じぶんは地獄に墜《お》ちてもマヌエラを天に送ろうと、座間は目を瞑《つぶ》り絶叫に似た叫びをあげていた。
しかも、マヌエラをみるとまた決意が鈍ってくる。大きな愛だと心をはげまし近寄ってゆくうちに知らず知らず、座間は砂川《サンド・リヴァ》へはいってしまった。そこには殺すものが死に
前へ
次へ
全91ページ中76ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング