rイクに帰れる。マヌエラは、感きわまって子供のように泣きはじめた。
しかしそのとき、その衝撃《ショック》が因でまたラターがおこった。今度は、カークのまえなので隠すこともできず、座間はその晩ねむれるどころではなかった。
(可哀そうな、かなしいマヌエラ。ここで、よしんば助かるにしろ、先々はどうなろう。治るまい、おそらく真の狂人《きちがい》に移ってゆくだろう)
暗中に、目を据えて焚火《たきび》を見つめながら、座間は痩《や》せ細るような思いだった。いまに、醜猥《しゅうわい》な言葉をわめき散らすようになれば、美しいマヌエラは死に、ただ見るものの好色をそそるだけになる。よしんば助かっても空骸がのこる。恥と醜汚のなかでマヌエラの肉体が生きるだけ……。
するとその時、座間の目のまえへ幻となって、一匹の野牛の顔があらわれた。
それは、コンデロガを発って間もなく、曠原《こうげん》の灌木帯で野牛を狩った時のこと、砂煙をたてて、牝の指揮者のもとに整然と行動する、その一群へ散弾をぶちこんだ。すると、腹をうたれたらしい一匹がもがいていると、他が危険をおかしてそれに躍《おど》りかかり、滅茶滅茶《めちゃめちゃ
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