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 とカークはびっくりして目をみはって、
「あんまり、唐突《だしぬけ》な話で訳がわからんが」
「それは、こういう訳だ。君ならここを抜けだして人里へゆけるだろう。なまじ、僕ら二人という足手まといがあるばかりに、せっかく、ある命を君が失うことになる。お願いだ。明日、僕らにかまわずここを発《た》ってくれないか」
「そうか」
 としばらくカークは呆《あき》れたように相手をみていたが、
「なるほど、君らを捨ててゆくのはいと容易《やす》いが、しかし、ここに残ってどうするつもりだ」
「悪魔の尿溜へ、僕とマヌエラが踏みいるつもりなんだ」
「なに」
 と、カークもさすがに驚いて、
「じゃ君らは、あの大|陥没地《クレーター》へ身を投げるつもりか……」
「そうだ、初志を貫く。だいたいこれが、僕の因循姑息《いんじゅんこそく》からはじまったことだから、むろん、じぶんが蒔《ま》いた種はじぶんで苅《か》るつもりだよ。マヌエラも、僕と一緒によろこんで死んでくれる。ただ、君だけは友情としても、どうにも僕らの巻添えにはしたくないんだ」
 カークはマヌエラを振り向いた。彼女の目は断念《あきら》めきったあとの澄んだ恍惚さを
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