ウ気だった。マヌエラを背負い、ときどき樹にのぼっては木の実をとってくる。いま密林に抱かれ大自然に囁《ささや》かれ、野性が沸然《ふつぜん》と蘇《よみがえ》って来たのである。それをヤンが見て嘲《あざけ》るようにいった。
「こいつのためだ。こいつを、わざわざ故郷へ送りとどけるために、四人の人間がくたばろうとするんだ。おい獣、貴様、マヌエラさんというお嫁さんがいて嬉《うれ》しいだろうぜ」
 こうしてどこという当てもなく彷徨《さまよ》い続けるうちに、やがて日も暮れて第一夜を迎えた。カークは、危険な地上を避けて手頃な樹を選ぼうと思い、ひょいと頭上をみると、枝を結《ゆ》いつけたのが目に入った。ゴリラの巣だ。しかしゴリラは、一日いるだけでまたほかへ巣を作る習性がある。してみるとこのうえもない宿である。
 第二日――。
 一行全部ひどい下痢と不眠のなかで明けていった。湿林の瘴気《しょうき》がコレラのような症状を起させ、一夜の衰弱で目はくぼみ、四人はひょろひょろと抜け殻のように歩いてゆく。
 全身泥まみれで髭《ひげ》はのび、マヌエラまで噎《む》っとなるような異臭がする。そしてこの辺から、巨樹は死に絶え、寄
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