uマヌエラ、どうしたんだ、確《しっ》かりおし!」
しかしマヌエラの目は、狂わしげなものを映してぎょろりと据《すわ》っている。ひょっとすると心痛のあまり気が可怪《おか》しくなったのかもしれない。その間も、なおも譫言《うわごと》は続いてゆく。
「逃げやしないかな」
「大丈夫、武器は取りあげてないから、まさかと思っているだろう。第一、石階《いしばし》には番人がいるし……そこを逃げても、マコンデ方面は網目のようだからな」
こうした気味の悪い独語が杜絶えると、闇の鬼気が、死の刻がせまるなかでマヌエラだけをつつんでしまう。彼女は、ちょっと間を置くとまたはじめた。
「水牛小屋の地下道は分りっこねえんだ。何時だ? 三時だとすりゃ、あと二時間だが」
一体マヌエラは誰の言葉を真似ているのだろう? 座間は微動だもせず冷静な目で、じっとマヌエラをながめていたが、思わず……この時首をふった。すると、おなじようにマヌエラも首を振る。ハッとした座間が今度は試みに唇をとがらした。とまた、マヌエラがおなじ動作を繰りかえす。とたんに、座間はわッとマヌエラを抱きしめた。やがて、むせび泣きとともに二人の頬の合せ目を、涙
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