ニともに濃くなってゆく。蟇《がま》と蟋蟀《こおろぎ》が鳴くもの憂いなかで、ときどき鬣狗《ハイエナ》がとおい森で吠《ほ》えている。その、森閑の夜がこの世の最後かと思うと、誰一人口をきくものもない。ときどき君が言いだしたばかりにこんな目に逢ったのだと、ヤンが座間を恨めしげに見るだけであった。
 と時が経って暁がたがちかいころ、座間にとっては思いがけぬ事件が降って湧《わ》いた。一見大して奇もないようだったが、重大な意味があった。それはとつぜん、マヌエラが気懶《けだる》そうな声で、なにやら独《ひと》り言のようなものをドイツ語で言いはじめたのであった。
「明日、牝《めす》をのぞいた残りを全部|殺《や》るというんだ。人道的な方法というからには、アカスガの毒を使うだろう」
 驚いたことに、男のような言葉だ。調子も、抑揚がなく朗読のようである。そして、これがなかでもいちばん奇怪なことだが、いまマヌエラが喋《しゃべ》っているドイツ語を、当の本人が少しも知らないのである。知らない外国語を流暢《りゅうちょう》に喋る――そんなことがと、一時は耳を疑いながらまえへ廻って、座間はマヌエラをじっと見つめはじめた。

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