、の晩ちょっと変だったが、きっと、過労のせいだと思う。どこへゆくね? スイスかウィーンかね」
「いや、この大陸のずうっと内核《なか》へゆきたいんだ。コンゴのイツーリからずうっと北へ――僕は、未踏地帯《テラ・インコグニタ》にゆく」
「え?」
「ぼくは『悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]』へゆくんだ!」

   ナイルの水源閉塞者

 カークは唖然《あぜん》として座間を見詰めていたが、やがて、
「よし、聴こう。しかし、命がけの観光なんてないからね。むろん、目的もあり見込みもあってのことだろう」
「そうだ。ときにカーク、君はコンゴへいり込んで禁獣を狩る。それで、いちばん金になったときはどのくらいなもんだ」
「マア、五万ドルかね。オカピを獲ったときは、そのくらいになったが」
「ゴリラは?」
「あれは獲れん。あいつは、遅鈍《のそ》ついているようだがそりゃ狡猾《こうかつ》で、おまけに残忍ときてるんだから始末がわるいよ。いっそ、猩々《オラン・ウータン》のような教授《プロフェッサー》然としたやつか、黒猩々《チンパンジー》みたいな社交家ならいいがね、どうも、厭世主義者《ペシミ
前へ 次へ
全91ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング