言われて、座間の咽喉《のど》がぐびっと鳴った。しかし、ちょっと顫《ふる》えただけでなにも言えなかった。
「人身売買……奴隷売買を……いまこの現代に口にする奴があるかね。それとも、ドドを人獣の児として――その場合を君はどう考える? 混血だ、おなじことだよ。ドドが黒猩々《チンパンジー》と人のまざりなら僕は、半黒《ミュラート》、君は三分混血児《テルティオ》だ。僕らが白人以下のものとして蔑視されるのも、君が、半分の獣血をみとめて、ドドを売れというのも……」
 そのカークの言葉を身に滲《し》むように聴きながら、座間はくらい海の滅入るような潮騒《しおさい》とともに、ひそかに咽《むせ》びはじめていたのだ。

       *

 その一夜は寝床のなかで転々としながら、ついにまんじりともしなかった。マヌエラと、ドドの奇怪な行動を考えあぐめばあぐむほど、ますます頭が冴《さ》えて眠れるどころではなかった。
 マヌエラのあれは、「ジキル博士とハイド氏」のように二重人格なのか――と、ますます糸のもつれが深まるなかで、座間は追及の鬼のようになっていた。それとも、ドドに同情を深めすぎた結果か? といって淑女を
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