t帰国する決意をし、あたふたと時計をみながら帰っていった。そのあと、座間とカークが疲れたような目で、ぼんやりと屋並みをながめている。
 砂糖菓子のような回教寺院《モスク》の屋根も港の檣群《しょうぐん》も、ゆらゆら雨脚のむこうでいびつな鏡のようにゆれている。そのとき、仏マダガスカル航空《フレンチ・マダガスカルサービス》[#ルビは「仏マダガスカル航空」にかかる]の郵便機が、雨靄《もや》をくぐりくぐり低空をとおってゆく気配。座間は、むっくり体をおこして言った。
「君、あれなんだがね」
「あれって? 飛行機がどうしたというんだね」
「つまり、ドドのことなんだ。ドドは、飛行機をみてもけっして恐がらないのだぜ。かえって、嬉しそうな目付きで、奇声さえあげる。そうかといって、『悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]』の近傍に航空路はないよ。英帝国航空《インペリアル・エアウェーズ》も、フランスの亜弗利加航空《エール・アフリカ》も、それぞれ地図のうえで半度以上も隔っている。奇怪だ。猿人、原人といわれるドドが飛行機に驚かない。それでいて、王蛇《ボア》や豹をみるとひどく恐がる」
「きっ
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