ヨゆかねばならぬということが、彼らには本能的にわかる。そこへ、ドドは道をちがえたのだ。そして、森の墓場へはゆけず、君の手に落ちた……。だから君にも抵抗をしない……。こんな人里へきても郷愁を感じない……。ねえカーク、僕はその墓場へ、悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]へゆきたいんだよ」
 原人、類人猿、象もそうだろう? 彼らが、死期をさとって森の墓場へゆこうとするときは、まったく本能的に帰郷の意志がなくなるという――座間の明快な推測であった。
 しかし、そういう座間が、淋《さび》しそうに微笑んでいる。恋の空骸《むくろ》が、死をもとめるかわりに未踏地をえらんだのだろう。やがて、カークとのあいだにかたい盟約が成りたった。
 ところが、そのことをマヌエラに話すと、意外にも彼女が一緒にゆこうと言いだしたのだ。犠牲が、ねがう幸福のほうに、マヌエラを向けようとするとき、意外にも、それを蹴って敢然とゆくという。座間はすっかり分らなくなってしまった。
 間もなく、マヌエラのあとを蛇のように追う、ヤンを加えドドを連れて、まずさいしょの根拠地となるコンデロガへ発ったのである。
「ちかごろ、七郎はどうしちまったのよ」
 話があると、マスカの実が地上に垂れさがっている陰へ、マヌエラが座間を呼びこんだ。雨期あけの灼《い》りつけるような直射のしたは、影はすべてうす紫に、日向《ひなた》の赭土は絵具のように生々しい。それがコンデロガを発つ探検第一日の前日だった。
 マヌエラは、胸に飛びこみたい衝動を抑えているように、ぱちぱちと伏目で瞬いている。
「どうもしませんよ。僕は、相変らずの僕ですが」
「いいえ、ちがっています。まえは、そんな冷ややかな七郎ではありませんでした。女は、そんな点にはいちばん敏感ですのよ。ねえ、なにか、お気に障《さわ》るようなことがあって?」
 すると、座間がまた迷うのである。それまでは、ヤンとあの夜の狂態はなんだと、彼はマヌエラに瞋恚《しんい》の念を燃やしていた。それが、こうして見ている、初々しさ……たどたどしさ。なんだかじぶんのほうが思い過しのような、座間にはそんな感じさえしてくる。
 あれ以後、ヤンとマヌエラのあいだは非常に外々《よそよそ》しいものだった。少なくとも、ああしたことは一度だけらしく、翌日は、ヤンが根城にしようとした総合病院化を、父にすが
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