氏sさくそう》たる根の沼だ。沼が盤根錯綜たる、叢林のしたにあるという意味だ。それから『知られざる森の墓場《セプルクルム・ルクジ》[#ルビは「知られざる森の墓場」にかかる][#底本7−10、63−13、69−6ではセブルクルムと表記。ここ30−15での表記は誤りか]』というのは、巨獣の終焉地《しゅうえんち》だ。死体をみせぬ象や類人猿がそこにきて眠るという。ねえカーク、どっちにしても、悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]じゃないか。しかも、有尾人ドドの故郷だ」
 そういえば、カークもそれに似たような土人の伝説を聴いたことがある。ヌグンベという、ドド発見地の近傍の部落だが、そこから悪魔の尿溜の方向にあたる北西かたの山腹に、“Leo《レオ》”という奥しれぬ洞窟があるのだ。――そこが、人類発祥の地だという。つまり、太古のとき動物とともに、彼らの祖先がその洞から出てきたというのだ。
 まったく、そういえば数えきれぬほどあるではないか。こういう、無稽な伝説が探検によって裏書きされ、また、そういうものがしばしば因となって、探検欲をうごかし大発見をさせたことが!
 ここに……、いまその洞窟のかなたには悪魔の尿溜がある。しかもそこが、半獣児ドドの発生地に目されている。
「どうだ君、悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]なら何億年も処女でいられるよ。そこでは、動物も、植物も原始地球のままだ。獣交も、殺戮《さつりく》も自然律にすぎない。そこで僕は、アッコルティ先生の説をもう一歩すすめるよ。つまり……ドドは、そこにいる原始人と親和的な、黒猩々との雑交児だろうということだ。第一、親を有尾人とするのには、尾がある。それ以外は、外見、智能といいそっくりの黒猩々《チンパンジー》だ」
 カークは、すっかり圧倒されてしょんぼりと瞬いている。座間の、ちがった人のような不思議な情熱を、どこに、こんな静かな男にこんなものがあったのだろうと……、相手の唇を呆然とながめていたのである。
「それから」と座間はすべるように続けてゆく。
「なぜドドが郷愁を感じないかということが、僕にはやっと分ったような気がするよ。それはね、苺果痘《フラムベジア》をわずらって死期を知ったのだ。そして、死ぬために森の墓場へいった。そうなると、もうじぶんは帰れない……、これから、知らない世界
前へ 次へ
全46ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング