射の所以ばかりではなかったであろう。恰度《ちょうど》その白と紅の境いが、額の辺りに落ちているので、お筆の顔は、その二段の色に染め分けられていた。額から下は赭っと柿ばんでいて、それがテッキリ、嬰児《あかご》の皮膚を見るようであるが、額から上は、切髪の生え際だけが、微かに薄映み――その奥には、白髪が硫黄の海のように波打っていた。
然し、それだけでは、余りに顔粧《かお》作りめいた記述である。そのようにして、色の対照だけで判ずるとすれば、さしずめお筆を形容するものに、猩々《しょうじょう》が芝居絵の岩藤。それとも山姥とでも云うのなら、まずその辺が、せいぜい関の山であろうか。けれども、その顔を線だけに引ん剥いてみると、そこには、人間のうちで最も醜怪な相が現れていた。もし、半世に罪業深く、到底死に切れぬような人間があるとしたら、それが疑いもなく、お筆であろう。眉は、付け眉みたいに房々としていて、鼻筋も未だに生々しい張りを見せている。が、その偏平な形は、所謂《いわゆる》男根形と呼ばれるものであって、全くそこだけにはお筆の業《ごう》そのもののような生気がとどまっている。けれども、それ以外には、はや終焉
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