に近い、衰滅の色が現れていた。歯が一本残らず抜け落ちているので、口を結ぶと、そこから下がグイと糶《せ》り上って来て、眼窪までもクシャクシャと縮こまってしまい、忽ち顔の尺に提灯が畳まれて行くのだ。そうなると、その大|※[#縦長の「へ」を右から、その鏡像を左から寄せて、M字形に重ねたような記号、359−2]《いりやま》の頂上《いただき》が、全く鼻翼《こばな》の裾《すそ》に没《かく》れてしまって、そこと鼻筋の形とが、異様に引き合い対照を求めて来る。それがまた、得《え》も云われぬ嘲笑的な図形であって、まさにお筆にとれば刻印に等しく、永世滅し切れぬと思われるほど嘲笑的なものだった。と云うのは、或る一つの洒落《しゃれ》れた○○な形が、場所《ところ》もあろうに、皺の波の中に描かれてしまうからであった。こうして、お筆は一年毎に小さくなって行って、今日此頃では、精々七八つの子供程の丈しかないのであるが、然し、そのような妖怪めいた相貌も、寮の人達にとれば、日毎見慣れているだけに、何等他奇のないものだったであろう。
 けれども、その時は合の襖を開いた途端に、光子は危く声を立てようとし、後探りに杉江の前垂れの
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