めに家蔵を傾け、或は、非業の末路に終った者もあったであろうが――それを、節句の日暮かっきりに、別の雛段を設《しつ》らえて飾り立てる事だったのである。
 それ故、年に一度の行事とは云いながらも、折が折桃の節句の当日だけに、それが寮の人達には、何となく妖怪めいたものに思われていた。その滅入るような品々に、一歳《ひととせ》の塵を払わせる刻限が近付いて来ると、気のせいかは知らぬが、寮の中が妙に黴臭《かびくさ》くなって来て、何やらモヤモヤしたものが立ち罩《こ》めて来るのだ。そして、その翳《かげ》が次第に暗さを加えて、はては光子の雛段にも及んで来ると、雪洞の灯《ひ》がドロリとしたぬくもりで覆われてしまうのだった。然し、孫娘の光子にはそんな懸念は露程《つゆほど》もないと見え、朝から家を外にの、乳母子《ねんね》のような燥《は》しゃぎ方。やがて、日暮れが迫り、そろそろ家並の下を街灯|点《とも》しが通る頃になると、漸く門内の麦門冬《りゅうのひげ》を踏み、小砂利を蹴散らしながら駆け込んで来たが、その折門前では、節句目当ての浮絵からくり[#「からくり」に傍点]らしい話し声――。(京四条河原夕涼みの体。これも夜
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