可遊さんが誰かに切り殺されたんじゃないかとね、まさかに、斯んな粋事《いきごと》とは思えなかった程なんだよ。だから今日この頃でさえも、鰒《ふぐ》の作り身なんぞを見ると、極ってその時は、小式部さんのししむら[#「ししむら」に傍点]が想い出されて来てさ。いいえ、そんな涙っぽい種じゃなくて、たしかあの人には、死身の嗜《たし》なみと云うのがあったのだろうね。絞められても醜い形を、顔に残さなかったばかりじゃない、肌にも蒼い透き通った玉のような色が浮いていて、また、その皮膚《かわ》の下には、同じような色の澄んだ、液でもありそうに思われて来て――いいえ全くさ、私は、小式部さんが余り奇麗なもんだから、つい二の腕のところを圧してみたのだがね。すると、その凹んだ痕の周囲《ぐるり》には まるで赤ぼうふら[#「ぼうふら」に傍点]みたいな細い血の管が、すうっと現れては走り消えて行くのさ。それがお前さん、その消えたり現れたりする所と云うのが、てっきりあの大矢車で――それも、クルクル早く、風見たいな回り方をしているように見えるんだよ」
 と次第に、お筆の顔の伸縮が烈しくなって行って、彼女の述懐には、もう一段――いやも
前へ 次へ
全36ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング