そう云う名が付いたと云うのも、矢車の半分程から下に来ると、眼の中に血が下りて来て、四辺《あたり》が薄暗くなって来るのだし、それに、ぴしりと一叩き食わされてから、また上の方に運ばれて行くと、今度は、悪血がすうっと身体から抜け出るような気がして、恰度それが、夜が明けたと云う感じだったからさ。所が、小式部さんの首には、下締が幾重にも回されていて、その両側には、身体中の黒血を一所に集めたような色で、蚯蚓腫《みみずば》れが幾筋となく盛り上がっている。したが、不思議と云うのはそこで、繁々その顔を見ると、末期《まつご》に悶え苦しんだような跡がないのだよ。真実小式部さんが、歌舞の菩薩であろうともさ。絞め付けられて苦しくない人間なんて、この世に又とあろうもんかな。それから、可遊さんの方は、小式部さんから二、三尺程横の所で、これは、左胸に薬草《くさ》切りを突き立てていたんだがね。それが、胸から咽喉の辺にかけて、血潮の流れが恰度二股大根のような形になっているので、ただ遠くから見ただけでは、何だか首と胴体とが別々のように思われてさ。全くそんなだったものだから、気丈の方では滅多にひけを取らない私でさえも、一時は
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