一本殖えて行く――と云うほど、あの人だっても夢中になってしまうんだよ。そりゃ、男衆にだったら、そんな時の小式部さんをさ――あの憎たらしいほど艶やかなししむら[#「ししむら」に傍点]なら、大抵まあ、一日経っても眼が飽《く》ちくなりやしまいと思う」
 とお筆でさえも、上気したかのように、そこまで語り続けたとき、彼女はいきなり言葉を截《た》ち切って、せつなそうな吐息を一つ洩らした。それから、二人の顔を等分に見比べていたが、やがて、目窪の皺を無気味に動かして、声を落した。
「所が杉江さん、人の世の回り舞台なんてものは、全く一寸先が判らないものでね。その時『釘抜』が始められてから間もなくのこと、ぴたりと矢車の音が止んでしまって、二人が何時までも出て来なかったと云うのも無理はないのさ。それがお前さん。心中だったのだよ。私も、後から怖々《こわごわ》見に行ったけれども、恰度矢車が暗がりに来た所で――いいえ、それは云わなけりゃ判らないがね。小式部さんを括り付けた矢柄が止まっていた位置《ばしょ》と云うのが、恰度あの人が真っ逆か吊りになる――云わば当今《きょうび》の時間で云う、六時の所だったのだよ。つまり、
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