っと薄気味悪い底があるのではないかと思われて来た。杉江は、その異様な情景に、強烈な絵画美を感じたが、不図眼の中に利智走った光が現れたかと思うと光子の肩に手をかけ、引き寄せるようにしながら、
「まあ私には、その情態《ありさま》が、まるで錦絵か羽子板の押絵のように思われて来るので御座いますよ。――御隠居様と小式部さんとが二人立ちで……。でも、笄の色が同しですと自然片方の小式部さんが引き立ちませんわ、ああ左様で、あの方のは本鼈甲に、その頭が黒の浮き出しで牡丹を……。それから御隠居様、お言葉の中からひょいんな気付きでは御座いますけど、その矢車と云うのは、いつも通り緩やかに回っていたのでは御座いませんでしたか」と静かに訊ねると、一端お筆は、眩んだように眼を瞬いたが、答えた。
「所が杉江さん、それが私には未だもって合点が往かないのだがね。実は、そのずっと後になってからだが、ゆかり[#「ゆかり」に傍点]と云う雲衣《くもい》さん付きの禿《かむろ》が、斯う云う事を云い出したのだよ。その時、釘抜部屋と背中合わせになっている中二階で、その禿は、稽古本を見ていたのだが、どうも小式部さんとしか思われない声で――
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