に定紋を彫った、白笄をお職に贈ると云う風習があるんだよ。所が杉江さん、私が一生放さないと云うに就《つ》いては、此処に酷《むご》い話があってね。それには、お前さん達は知るまいけれども、最初まず、『釘抜』と云う訳を聴いて貰いたいのさ」
 お筆が洩らした「釘抜」という言葉の意味は、あの肉欲世界と背中合わせになっていて、時には其処から鬼火が燃え上ろうし、また或る時は、承梯子《かるわざこ》の錬術場《きたえば》と云うような役目も務めると云った、一種の秘密境なのである。遊女には、永い苦海の間にも精気の緩急《おきふし》があって、○○○の肌が死ぬほど鬱《うっ》とうしく感ぜられ、それがまるで、大きな波の蜒《うな》りの底に横わっていて、その波が運んでくれるまではどうにもならないと云ったような、何とも云えぬやるせなさを覚える時期があるのだ。それをまかし[#「まかし」に傍点]と云って、その時期には自然○○○が疎《うと》くなり、稼ぎが低くなるのであるから、その対策として、楼主側では「釘抜」と呼ぶ制裁法を具《そな》えていた。それには、幾つかの形式があるけれども、そのうちで最も大仕掛な、機械化されたものが玉屋にあった
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