かに眼を返して、それをお筆に問うた。
「ねえ御隠居様、たしかこの笄は、花魁《おいらん》衆のお髪《ぐし》を後光のように取り囲んでいるあれそうそう立兵庫《たてひょうご》と申しましたか、たしかそれに使われるもので御座りましょう。けども真逆《まさか》の女のお客とは……」
 お筆は、相手が気に入りの杉江だけに、すぐその理由を説明しようとする気配を現した。クッキリ結んだ唇が解けて、顔が提灯を伸ばしたように長くなったが、やがてその端から、フウとふいごの風のような呼吸が洩れて行って、
「いいえ、実はそれが、私のものなんだよ。私のこの白笄は、いわば全盛の記念《かたみ》だけど、玉屋の八代の間これを挿したものと云えば、私の外何人もなかったそうだよ。それには、こう云う風習《しきたり》があってね」と国分《こくぶ》を詰めて、一口軽く吸い、その煙草を伊達に構えて語り出した。
「まあ御覧な。笄《こうがい》の頭がありきたりの耳掻き形じゃなくて、紅い卍字鎌の紋になっているだろう。それが、朋輩だった小式部《こしきぶ》さんの定紋で、たしか、公方様お変りの年の八朔《はっさく》の紋日だと思ったがね。三分以上の花魁八人が、それぞれ
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