の険相には似もせず、愛想よく二人を招じ入れたが、そうしてはじめ光子の童心を襲った悪夢のような世界は、続いて涯てしもなく、波紋を繰り広げて行った。老いた遊女が年に一度催す異形な雛祭りと云うのが、たとえ如何なるものであるにせよ……、また既にそこに宿っている神秘が、二人を朦朧《もうろう》とさせているにもせよ……、決してその本体は、光子が描き出したような夢幻の中にはなかったのである。

     二、傾城釘抜香《けいせいくぎぬきこう》のこと
        並びに老遊女観覧車を眺め望むこと

 雛段の配置には、別に何処と云って変わった点はなかったけれども、人形がそれぞれに一つ――例えば、官女の檜扇には根付、五人囃しが小太鼓の代りに印伝の莨《たばこ》入れを打つと云った具合で、そのむかしお筆を繞《めぐ》り粋《いき》を競った通客共の遺品が、一つ一つ人形に添えられてあった。所が、杉江の眼が逸早《いちはや》く飛んだのは、一番上段にある内裏雛《だいりびな》に注がれた。そのうち女雛の方が、一本の長笄《ながこうがい》――それは、白鼈甲に紅は鎌形の紋が頭飾りになっているのを、抱いていたからである。杉江は、もの静
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