を知った時に、あの美しい皮一重の下に、戒律のためには父と名のつく人をさえ殺しかねない頑迷な血が培《つちか》われているのを知りました。御承知の通り童貞女は、天主の花嫁であることのためにあらゆるものを賭してまで争わねばなりません。しかし、一朝現世との間の鉄壁が崩壊したら、どうなりましょう。そうなった場合に、天主の花嫁達が新しい生活の中でどんなに苦しまねばならないか――考えてみて下さい。まして、課せられた試練を耐え忍んでいるうちに、童貞女はその奇怪な生活に一種の英雄澆望主義《ヒロイズム》を覚えるようになります。また、一方身体的に云うと、清貧と貞潔の名に隠れた驚くべき苦業が、かえって被惨虐色情症《マゾヒズムス》的な肉感を誘発して来るのです。そして、自然の法則にそむく苦痛の中に、天主の肌と愛撫の実感を描かせるのですよ。しかしそうなると、清純な処女にありがちの潔癖――と云うだけでは許されなくなります。明白な精神|障礙《しょうがい》です。で、姉さんの場合もちょうどそれと同じで、不幸にもそこへラザレフがルキーンとの結婚を強要したのですから、神を涜《けが》すよりはと、養父の咽喉に刃を突き立てたのですよ。
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