死因だか判らないけれど、とにかくこの場合、出血が致死量に達する以前に、ラザレフが窒息で意識を失ってしまったことだけは確実なんだよ。その証拠には糞尿を洩らしているし、鞏膜《きょうまく》に溢血点が現われている。そこで重大な分岐点になるのは、最後の呼吸――すなわち刺される、いや君の説によると刺した瞬間前の呼吸が――吐いたか引いたかのいずれにありやなんだが、胸隔を見ると、それが吐息の直後になっている。つまり、それを問題にしなければならないのは、自殺者の定則として――と云うより人間の緊迫心理に、当然欠いてはならぬ生理現象があるからだよ。それはマイネルト等の説だが、末端動脈が烈しく緊縮して胸部に圧迫感が起るので、呼息《いき》を肺臓一杯に満たして不安定な感覚を除いてからでないと、意志を実行に移すことが不可能だと云うことなんだ。ところが、ラザレフの屍体にそれがないとすると、どうして空の肺臓が許したか疑問になって来るだろう。だから、その矛盾をかえって僕は、他殺の推定材料に挙げているのさ。」
「なるほど。」検事は率直に頷いたが、「すると、熊城君のルキーン説が確立されるわけかい。」
「ところが、そうじゃない
前へ
次へ
全73ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング