。」法水は静かに微笑して、熊城に顔を近寄せた。「君の云う侏儒《こびと》の殺人にも、大いに異論がある。そこで最初に僕は、ラザレフの右半身に中風性麻痺が起らなかったと主張するよ。そして、その証拠として、死体の両腕の温度を挙げたいのだ。麻痺の起った部分は屍冷に等しい程冷たくなっていなければならないのだが、ラザレフの両腕を比較してみると、麻痺の軽くなった左腕は云うまでもないことだが問題の右腕にも均《ひと》しい温度で微《かす》かに体温が残っている。と云ったところでたぶん君は、皮膚の感触みたいな微妙《デリケート》なものに信頼は置けぬと云うだろうが、それならそれで、もう一つ適確に否定出来る材料がある。で、それを云う前に、君が芯だけになっていたと云う蝋燭の形に、もう少し具体的な説明が欲しいのだがね。」
 熊城はちょっと神経的な瞬きをしたが、
「無論僕は、あの手燭の実際について想像しているんだよ。知っての通り、残蝋が鉄芯の止金を越えて盛り上っている。だから、糸芯の周囲の蝋が全部熔け落ちてしまうと、芯が鉄芯にくっついて直立して、下端《した》のわずかな部分だけが、熔けた蝋に埋まると云う形になるだろう。」

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