。結局、犯人は霙の降りやんだ二時頃にはすでに堂内にいて、兇行を終えてから、地上に踵《かかと》を触れず遁《のが》れ去ったと観察するほかにない。その際は鐘が鳴ったことは云うまでもないが、しかし、脱出の径路はすこぶる単純なんだよ。まず振綱に攀《よ》じ登ってから塔の窓に出て、そこで兇器を裏門の方へ投げ捨ててから、架空線《アンテナ》を伝わって円蓋《ドーム》を下り、そして、回転窓の下に引き込まれてある動力線に吊《つ》り下って、スルスル猿みたいに構外へ出てしまったのだ。ところで、何が僕にそう云う推定をさせたかと云うに、第一が動力線に霙の氷結がないことで、次が振綱に刺さっていた白薔薇だ。――あれは、ルキーンが拾ってそれでジナイーダの移香を偲《しの》んでいたものが、綱を登る際に何かの拍子で移ったのだよ。それからもう一つは、そう云う離業《はなれわざ》を演《や》って退《の》けられる膂力《りょりょく》と習練を備えた人物が、現在この事件の登場人物のうちにあるからだ。三丈もある綱を軽々と登れるばかりでなく、動力線を猿渡《さるわた》りする場合に、もし普通人程度の膂力と体重だとすれば、引込個所や電柱上の接合部分に、相
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