いるそうだが、ひどい結核患者で見る影もないよ。あいつは昨夜ジナイーダが結婚すると云う噂に亢奮して、終夜《よっぴて》この周囲《ぐるり》を彷徨《うろつ》き歩いていたと云うのだがね。しかし、あの男は犯人じゃない。」そう云って、熊城は脂《やに》で染った指先をピチリと鳴らした。
「ねえ法水君、風が烈《はげ》しかったのと傾斜とで、円蓋に霙が積っていない。だが、円蓋に足跡のないことが、かえって想像を自由にしてくれる。そして、なんだか犯人の目星がつきそうなんだよ。それから、鐘の鳴った原因もさ。」
「そりゃ奇抜だ。」法水は猛烈に皮肉った。「すると、君はどう云う方法で、鐘にああ云う不思議な鳴り方をさせるんだ? それに、第一犯人の特徴を備えた人物が、現在知られているうちにはないはずだぜ。」
三
「冗談じゃない。ルキーン以外に犯人があるもんか。」熊城の声が思わず高くなった。「死体の謎も、六|呎《フィート》と三呎半の差をいかに除くかによって解決されるんだ。」
「ホホウ、と云うと、」
「それは、構内に足跡がないからだよ。と云って、犯人を姉妹の中に想像することは、鐘声が明確な反証を挙げているのだからね
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