死体になったはずのラザレフが歩いていたと云うジナイーダの言を考えると、肉体を離れた執拗な魂魄――ある種の動物磁気にすこぶる鋭敏だと云う説であるが――それを操って、跫音《あしおと》を現わし一方では、鐘を奇蹟的に動かした、一人の神現術者《セオソフィスト》が存在するのではないかとも思われる。だが、そう考えることは、彼にとってこの上もない屈辱だったのだ。やがて、法水は今までにない緊張をこめてジナイーダに問いを発したが、その内容は雑談以上のものとは思われなかった。
「時に妙な質問ですが、貴女《あなた》がいられた修道院と云うのは?」
「ハア、ビーンロセルフスクにありましたが、」
「すると、何派ですか。」
「トラヴィストでございます。」
「ああ、トラヴィスト。」それだけで法水の言葉がブッツリ杜絶《とぎ》れたが、その後数秒に渉《わた》って、二人の間に凄愴《せいそう》な黙闘が交されているように思われた。しかし、その時鑑識課員が姉妹の指紋を採りに入ってきたので、偶然緊迫した空気が解《ほぐ》れて、一同はやっと一息|吐《つ》くことが出来たのである。
 その間、法水は側の置|洋燈《ランプ》を調べていたが、偶然注
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