梯子を下りかけていた妹娘のイリヤは、愕然《ぎょっ》としたように振り向いたが、警部の正服を見ると、すぐ険しい緊張を解いた。その六尺近い豊かな肉付きは、まさにアマゾンと云う形容であろう。そして、直線と角のまるでない平和な丸顔を見ると、邪気《あどけ》ない単純な性格らしく思われるが、ときどき顔の向けようによって、積極的な意志と細心な思慮を隠しているとしか思われない、深い陰影が作られるのだった。彼女は男のような幅のある声で姉を呼び、少しも動じた気色を見せない。
 姉のジナイーダは寝台の下にある屎瓶《しびん》を布片で覆うてから、悠然と上って来たが、二七、八になるらしい彼女の神々しい美しさには、粗服の中にも聖ベアトリチェの俤《おもかげ》があった。それが、高い思索と叡智を語るものであることは云うまでもないが、全体の感じは妹とは違い非常に複雑で、侵し難い厳《おごそ》かさの中にも、脆《もろ》い神経的な鋭さと、瞑想めいた不気味なものとの両面が包まれているように思われた。それだけに、烈酷《れっこく》な実行力を認めることは出来なかった。しかし、これらの特徴以外に法水に注目されたのは、ジナイーダとルキーンとの対照
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