》を横たえたのであるが、その矢先に、この忘られ掛けた余燼《よじん》が赫《か》っと炎を上げたと云うのは、荒廃し切った聖堂に、世にも陰惨な殺人事件が起ったからである。(読者は次頁の図を参考としつつお読み願いたい。)

     一

 推理の深さと超人的な想像力によって、不世出の名を唱《うた》われた前捜査局長、現在では全国屈指の刑事弁護士である法水麟太郎《のりみずりんたろう》は、従来《これまで》の例だと、捜査当局が散々持て余した末に登場するのが常であるが、この事件に限って冒頭から関係を持つに至った。と云うのは、彼と友人の支倉《はぜくら》検事の私宅が聖堂の付近にあるばかりでなく、実に、不気味な前駆があったからだ。時鐘の取締りをうけて時刻はずれには決して鳴ることのない聖堂の鐘が、凍体《とうたい》のような一月二十一日払暁五時の空気に、嫋嫋《じょうじょう》とした振動を伝えたのである。
 それも、ホンの一二分程の間で、しかも低い憂鬱な鳴り方であったが、その音が偶然便所に起きた検事の耳に入った。すると、俊敏な検事の神経にたちまち触れたものがあったのだ。と云うのが大正十年の白露人保護請願で、とりわけその
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