あほう》宮だった。そして、一九二二年十一月までが、絢爛《けんらん》たる主教の法服と煩瑣《はんさ》な儀式に守られた神聖な二年間で、その間はこの聖堂から秘密の指令が発せられるごとに、建設途上にあるモスクヴァの神経をビリッとさせる白い恐怖が、社会主義連邦のどこかに現われるのであった。ところが事態は急転して、日本軍の沿海州撤退を転機に極東白系の没落が始まり、瞬《またた》く間に白露窮民の無料宿泊所と化したのであるが、一時は堂に溢れた亡命者《エミグラント》達も、やがて日本を一人去り二人去りして、現在《いま》では堂守のラザレフ親娘《おやこ》と聖像《アイコン》を残すのみになってしまった。それにつれて、祈祷の告知だった美しい鐘声《かねのこえ》も古めかしい時鐘《ときのかね》となってしまい、かぼそい喜捨《おぼしめし》を乞い歩く老ラザレフの姿を、時折り街頭に見掛けるのであった。
 さてこうして、聖アレキセイ寺院の名が、白系露人の非運と敗北の象徴に過ぎなくなり、いつかの日彼等の薔薇《ばら》色であった円蓋《ドーム》の上には、政治的にも軍事的にも命脈のまったく尽きたロマノフの鷲《わし》が、ついに巨大な屍体《しかばね
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