はないけども、」そう云って、検事は扉の前方の床に、わずか飛散している血粉を指摘した。「して見ると、始末の不完全な手で、犯人はよほど複雑な動作をしたと見えるね。」
そこへドヤドヤ靴音がして、外事課員まで網羅した全機能を率いて、捜査局長|熊城卓吉《くましろたくきち》が肥躯《ひく》を現わした。法水は頓狂な声をあげて、
「いよう、コーション僧正!」
しかし、熊城の苦笑は半ば消えてしまい、側のルキーンを魂消《たまげ》たように瞶《みつ》めていたが、やがて法水の説明を聴き終ると容《かたち》を作って、
「なるほど、純粋の怨恨以外のものじゃない。手口に現われた特徴も、犯人が相当の力量を具えた男――と云う点に一致しているよ。」ともったいらしく頷《うなず》いた。そして、さっそく部下に構内一帯に渉る調査を命じたが、程なく堂外の一隊を率いた警部が、ひどく亢奮《こうふん》して戻ってきた。
「実にどうも、得体が判らなくなりまして。最初入った貴方《あなた》がた三人以外に、足跡がないのですからな。昨夜《ゆうべ》は二時頃に降りやんでいるのですから、凍った霙《みぞれ》の上についたものなら、われわれでなくとも子供でさえ判
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