ていないのである。――そして、鐘楼にはその一円以外に、付着した血痕の存在が発見されず、兇器を捜した検事も空しく戻って来た。
「どうも解《げ》せんな。気管を切断されただけで雷撃的に即死するはずはないが、」法水はそう呟いて、死体の頭髪を掴みグイと引き上げた。「大体創道を見給え。こう云う方向から行われているのは、これまでの短剣殺人にはかつて例のなかったことだよ。しかも、沈着巧妙に頸動脈を避けて、たった一突きだぜ。それがまた、この奇妙な鉾立腰《ほこだてごし》にぶつかると、一体犯人がどんな姿勢で突いたのだか?――すっかり判らなくなってしまうのだよ。それから、顔面が無残な苦痛で引ん歪《ゆが》んでいるにもかかわらず、たとえ十数秒の間でも床上を輾転反側した跡がない。無論手足に痙攣《けいれん》らしいものが見えるけれども、それには明確に表出がないのだ。すると支倉《はぜくら》君、君はこれを見てどう思うね?」
検事は答えられなかったが、法水がいちいち指摘する屍体の不可解な点に、早くもこの事件の底深い神秘が現われているように思った。法水はそれから屍体の両腕に視線を落し、それを交互に掴んで、何か比較するものがあ
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