急性の病死としか思われません。それに、絶命時刻がまた妙なんですよ。院長は、午前二時から三時までの間と思われますが、河竹の方は今朝十時の検視で、絶命後二時間以内という推定しか得られんのです。つまり、吾々が立ち騒いでいる間に、叫声も物音も立てなかった、犯人の陰微な暗躍があった訳ですな」
といってから、杏丸は狡猾な笑いを作って、声を低めた。
「所が法水さん、此処に見逃してはならぬ、出来事があるのです。というのは、院長の死を発見する直前に、屍蝋室の窓下で、番匠鹿子が卒倒しているのを見付けたのでした。勿論すぐ室に抱え込んで気付を与えましたが、その後は顧《かえりみ》る暇がないので、十一時ごろになって漸《や》っと見舞ってみました。すると、その時は平常通りケロリとなっていて、何時の間にか寝台から離れて起き上っていたのです」
「すると、河竹の死に対して、鹿子は明白な不在証明《アリバイ》を欠いているという訳ですね」
法水は相手の顔にジロリと一瞥を与えて、
「では、現場へ案内して頂きましょう」
二、六道図絵の秘密
失楽園は、鵯島に続く三町四方ほどの、岩礁の上に盛土をして、その上に建てられているのだ
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