が、周囲の欝蒼たる樹木が、その全様を覆い隠していた。本島との間には刎橋があって、その操作は、院長と二人の助手以外には、秘密にされているとかいう話である。
中央の平地に上図通りの配列で並んでいるのが、失楽園の全部であって、四棟ともいずれも白塗りの木造平屋で、外観はありきたりの、病棟と少しも異なっていなかった。
法水はまず、周囲の足跡を調べ始めたが、昨夜の濃霧で湿っている、土の上にあるものは発見する際の杏丸のもののみで、結局それからは、何も得るところがなかった。
しかし、兼常博士の室に入り、窓越しに対岸の一棟を見ると、斜かいに見える杏丸の実験室がこれも窓が、開け放たれているのに気がついた。
兼常博士の室の窓は、廊下側の二つは単純な硝子窓で、それには掛金が下りているが、中庭側の三つが開け放されてあった。扉は廊下側の左端に、そして、その側の右隅には寝台があり、その上で兼常博士が、寝衣のまま四肢をややはだけ気味に、仰臥している。
年のころは五十四、五で、ブリアン型の髭さえなければ、余程|厳《いか》つい顔立であろうが、その半ば口を開いた死相を見ると、ただただ安らかな眠という外にない。
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