室内には位置の異なった調度類もなく、何処と云い、取り乱された形跡がないばかりか、指紋や犯跡を証明するものも皆無であった。屍体にも外傷は愚か、中毒死らしい徴候さえ、残されていないのである。尚絶命を証明する時刻は、小卓の上に投げた、右手の甲の下で、腕時計の硝子が割れていて、その指針が正二時を指しているだけでも、明らかだった。
「やはり、心臓痲痺ですかな」
屍体を弄《いじ》っている法水の背後から、杏丸が声をかけた。
「空気栓塞には、猛烈な苦悶が伴いますし、流涎《よだれ》や偏転の形跡もないのですから、脳溢血とも思われませんし……。それに、こんな開放された室内では、有毒|瓦斯《ガス》は用をなさんでしょう」
「そうです。そうあってくれると、実に助かるんですよ」
法水は何故か、反対の見解を匂わせたが、今度は屍体の周囲を調べ始めた。
鍵束は枕の下にそっくりしていて、杏丸の話では、各々の室ごとに鍵の形が異なっているそうであった。が、彼はすぐ寝台から離れて、附近の床上に眼を停めた。
その辺一体に、ひしゃげ乾《こわ》ばった膀胱みたいなものが、四つ五つ散乱しているのであるが、その一寸程の袋体のものは、
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